「青少年」の「保護」と「健全な」「育成」を目的に、「不健全な」「まんが・アニメ」を規制する。
コレと同じことを他にもしてるんだよね。
「子供や年寄り」の「生命」を守るため、「危険な」「蒟蒻ゼリー」を規制する。
「子供」が「火遊び」しないように、「危険な」「100円ライター」を規制する。
「未成年」が「喫煙」しないように、「タバコの販売」を「販売免許の導入で」規制する。
「犯罪者」が「殺人」しないように、「殺人事件で使われた」「両刃ナイフ」を規制する。
「子供」が「携帯ゲームでお金を浪費」しないように、「無料ゲーム」の「パケット数」を規制する。
このうちのいくつかは反対も出ていますが、さっさと賛成多数で実施されているものもあります。
でも、どれも本当の解決には至ってないんだよな。
蒟蒻でのど詰まらせて死なせたくなかったら、親が食い物を危険かどうか責任をもって判断すれば良いこと。
子供を火遊びで死なせたくなかったら、親が火の扱い方と怖さを責任もって躾けること。
子供に喫煙させたくなかったら、親が責任もってタバコを吸わせないように躾ければよい。
刃傷沙汰を起こしたくなかったら刃物の扱いを教えて、人に刃物を向ける意味を躾ければよい。
携帯ゲームで金を使いすぎるんだったら、自分で金を稼がせれば良い。
でも、自分で躾けるわけではなく、社会や行政にまる投げで対象のものを目の前から隠し取り上げ無かったことにするだけ。
つまりね、世間の大多数は「子供の健全な育成」はしたいけど、自分で「しつける」つもりは無いってことなんだよ。
だって、自分が手を下さない方法のほうが楽だしすぐに結果が出るから。
でも、その出てくる答えは同じに見えるけど、全くの別物。
刃物を使わないから怪我をしないのと、刃物の使い方を知っているから怪我をしないのは全く別。
子供に生きるためのしつけをせずにお手軽な結果を望むのは、簡単なハナシだ。
子供がかわいいわけじゃなくって自分がかわいいだけなんだよね。
子供は自分の延長。ペットと同じ。
そして自分は責任をとりたくないから。
そして結果がすぐほしい。
複雑なプロセスや、思考や、対立は無しに結果がほしい。
子供がどんな中身になっても「結果」がすぐほしい。
つまるところ一人の人間として、大人として親としての責任を持って、なぜ教えないのか、行政や社会にまる投げで切るのかって言えば、子供に人権があると思っていないからなのと、自分に「子供の健全な育成」の全面的な責任があるとも思っていないからだよ。
なのに「子供のため」のお題目。
そして性質が悪いことに自分たちは「正しい」と思っている。
全く相対化できていない。
今回の規制に賛成している人たちってのは、このような大多数の人たち。
そして、マンガやアニメの件は反対だったけど、そのほかの「刃物規制」や「100円ライター規制」には賛成だって人もいると思う。
でも絶対忘れてはいけないのは、本質は同じってこと!